漆具のこと

ちょっと変わった「漆具(しっく)」という名前。

かつて庶民が日常生活の中で普通に用いていたさまざまな器具を「民器」と呼びました。
今古今の立ち上げから一緒に手伝ってくれた鎌倉彫の職人さんも現代暮らしの中に漆を用いた「民器」をつくりたいという想いがありました。それが漆具の始まりなのです。

そこから、『漆を纏(まと)う暮らしの道具』という言葉を略して「漆具(しっく)」という名前を付けました。

 

愛おしいお椀のこと

さて、今古今には食堂もあるので、せっかく工房が出来たのならば、と、どうしてもひとつお椀をつくりたくなりました。

毎日の中で、食堂や自宅で、うつわに触れながら、どんなお椀が良いのだろうかと思案していました。
あんな形はどうだろう?こういった形も良いんじゃないか?あれこれ考えて頭のなかがあっちにいったり、こっちへ行ったり。

そんなある日、漆の職人さんが自分の賄い用にと工房の奥で忘れ去られていた古ぼけた木地に漆を分厚く塗ったお椀を持ってきてくれました。そのお椀を見せて頂いた時、大好きな柳宗悦の『雑器の美』を思い出しました。

「毎日触れる器具であるから、それは実際に堪へねばならない。弱きもの華やかなもの、込み入りしもの、それ等の性質はここに許されてゐない。分厚なもの、頑丈なもの、健全なもの、それが日常の生活に即する器である。」

「華美ではならない。強く正しき質を有たねばならぬ。それは誰にでも、又如何なる風にも使はれる準備をせねばならぬ。装うてはゐられない。偽ることは許されない。いつも試煉を受けるからである。」

(柳宗悦、雑器の美、1926年)

ひとつの雑器である漆の職人さんの賄い用のお椀を通じ、その「雑器の美しさ」に魅せられた我々は、そのお椀がもつ佇まいについて勉強を重ねています。

漆具を始めてから1年と少し。ふたつのお椀が出来ました。
賄い用の汁碗からうまれた「漆具椀」、そして日日食堂のリクエストでうまれた「日日椀」。

もしも皆さまが愛おしいお椀に出会えたならば、毎日そのお椀と共に暮らすことで、日々の暮らしが幸せに、そしていつもくつろいだ気分になって頂ければと願っています。