#001─道具ってなに?


 

■なにはともあれ、はじめまして

 

 私は道具が大好きです。長いあいだ、古今東西のさまざまな道具たちを蒐集してきました。道具を研究する物書きであり、暮らしにこだわる生活者でもあります。

 これから、道具に秘められた面白譚(おもしろばなし)をはじめたいと思いますが、同時に、それはモノの向こうに透けて見える創意に満ちたヒトの物語です。いうなれば“モノノヒミツトヒトノチエ”──。

 

 そもそも、道具っていったいなんでしょう?

 

 「道具」は、ご覧のように【道】の【具】と書きます。【道】とは「ヒトが歩む道」──つまり、人びとの日々の人生や暮らしのことを指します。【具】とは必要に応じて「具(そな)えるべきモノ」を意味します。
 ヒトの歴史は道具の歴史だといえます。数百万年も前の大昔から、ヒトは暮らしに役立つ多種多様なモノをつくり、いつも身のまわりに用意してきました。これが道具です。

 

 当初、「道具」といっても、手近にある自然界のモノがそのまま利用されたのではないかと思われます。
 各地の遺跡からそれらしい遺物が出土していますが、たとえば「貝」「骨」それに「石」。海辺で見つけた二枚貝の殻を利用して皿に使い、山野に落ちていた獣の大腿骨を拾って棍棒にする。あるいは、肉食獣を追い払うために投げつけた石礫(いしつぶて)とか──ヒトの手が加えられてはいないけれど、これらが最も古く、最も素朴な道具たちだといえるでしょう。

 

 「植物」もまた大いに利用されたにちがいありません。樹々の幹や枝、木の葉、草の葉、竹の筒、蔓(つる)や樹皮などを使って必要な道具にあててきました。ヒョウタンの実やヤシの実を割り、水を汲むヒシャクやお椀として使っていたと思われます。
 でも、そのへんのことはよくわかっていません。なぜなら、有機物(植物器)は腐ってしまうので、発掘されることが希有(まれ)だからです。

 

 時代が下り、二百数十万年前、ヒトは「石の道具=石器」を開発します。岩石は腐らず、錆びず、多彩な道具が遺(のこ)されています。最古の石器は天然石を砕き、拳で握れるサイズに加工した打製石器でした(堅い木の実の殻を割ったり、狩りで獲った獣類の骨髄を砕いたのでしょう)。これは「recognizable tools=それとわかる加工痕が残った道具」とか「礫器(れっき=岩石の破片のような道具)」と呼ばれています。

 

 やがて、人びとは「土」を焼く技術を覚えて土器を発明しました。鍋、皿、甑(こしき=蒸し器)、竃(カマド)、深鉢、甕(かめ)、甕棺(かめかん=遺体埋葬用の壷)など大小の「器もの」がつくられています。

<写真-1>

 

 時を経て、人類は金属器時代を迎えます。地表や地中の鉱物資源に出会い、冶金術(やきんじゅつ)を身につけて「青銅」や「鉄」の道具、それに「金」「銀」の装身具や貨幣をつくりました。
 ヒトの知恵は果てしなくひろがり、欲望は止めどなく膨らみます。そして、いまや、人工的に合成され、大量生産された「高分子化合物=プラスチック」の道具が全盛期を迎えているのですが……。

<写真-2>

 

■「暮らすこと」と「働くこと」

 

 さて、私はこのエッセイを連載するにあたり、ひとつの視点を定めました。いま、みなさんがご覧になっているこの「場」は“今古今(こんここん)”のウェブサイトです。神奈川県大磯町にある“暮らしのアトリエ/今古今”。私はここへよく足を運びます。

 

 今後、各回ごとに登場するタイトル用のカットはメッセージ・カードに見立てましたが、カードを立てるスタンドは今古今で開催されたワークショップで出会った道具です。真鍮板(しんちゅうばん)を切り抜いたヒトガタ(人形)。これはふたりの女性工芸家“tanetane”さんが創ったキャラクターで──愛称を「ゆるゆるさん」というそうですが──写真のスタンドは、彼女たちから手ほどきを受けて私がつくったものです。

 

<写真-3>

 

<写真-4>

 

 今古今を主宰するのはすぐれてコンセプチュアル(思索的)な人たちです。その代表=さかま ようへいさんはこの「お店」をこう表現しています。

 

 〈「昔からの手仕事や知恵を取り入れて暮らしを豊かにすること」をコンセプトに、2014年11月、かつての電機部品工場をリノベーションし、お店を今古今と名付けました〉*1

 

 「昔からの……」というところがポイントです。このお店へ一歩入ると、100年前の尋常小学校の木造校舎を想い出します。手仕事でつくられた檜(ひのき)のテーブルにセットされた椅子は、昔、学校で使われた堅木のキッズチェア。ギャラリーのそこここで目を引くインテリア・グッズは、私が愛してやまないブロカント(日用品として使われた昔からの道具)たちです。

 

 展示棚にさりげなく置かれているのは、カマドの炎に炙られた羽釜(はがま=炊飯用のお釜)のフタ。壁際には足踏み式ミシンを利用したライティング・デスク。レジ・カウンターに下がるサイン(案内看板)は、昔の商家で使われた五つ珠の箱そろばんが利用されています。
 飲食スペースには木製の氷冷蔵庫が据えられ、地酒の一升瓶がずらりと並んで冷やされています。

 

 「昔からの」といっても時間が止まっているわけではありません。ここは“今古今(今日そして今昔)”、時空を超えた空気が流れているのです。さかまさんはこうつづけます。

 

 今古今は〈「暮らすように働くこと」をコンセプトに、大磯の港で揚がった地魚と無農薬野菜を使った料理を提供する“日日食堂(にちにちしょくどう)”、それに「大磯のうるし」をコンセプトにした“漆具(しっく)”という漆工房があります〉*2

 

 すごいなあと思います。

 

 いま、世界を支配するのは強欲資本主義(グローバリズム)です。日ごと夜ごと、めいっぱい、仕事に追われる若者たち。メシを食うために働いているはずなのに、働くためにメシを抜いていたりする。

 

 「暮らすように働くこと」──今古今の人たちが考える仕事のスタイルは「強欲資本主義」の対極にあるようです。豊かで楽しい暮らしとは、日々の生活を、惜しみなく「遊び」に近づけること。遊びだからこそ手を抜かない仕事をすること。
 不等式であらわすとこうなるのでしょうか。

 

 仕事 < 暮らし ≦ 遊び = 仕事

 

 ヒトの人生は「仕事」より「暮らし」に重きを置き、できることなら「暮らし」と「遊び」と「仕事」を同義語にしたい──これが、強欲な資本主義と縁を切った今古今の人たちの信条であり、暮らしの知恵なのでしょう。

 

 日日食堂のテーブルで、私は挽きたての豆をフランネルで濾した馨(かぐわ)しいコーヒーを注文します。しっとりとやさしい「地粉のシフォンケーキ」を口にしながら考えます。昔からの手仕事や知恵を活かすこと。暮らすように働くこと。地域にしっかり根を下ろすこと。彼らのこの心やさしい生業(なりわい)の在り方を“大磯シフォン主義”と名づけようではありませんか。

 

 私は“大磯シフォン主義”の視座に立って、このコラムを連載したいと思います。では、いざ。

 

<写真-5>

〈つづく〉

 

☆ 次回─#002「私の屋根裏博物館」をお楽しみに!

 


「屋根裏博物館」のコレクション例……

 


[脚注]
*1 “今古今”のオフィシャルHPより。
*2 同。

PHOTO CAP.

 

<写真─1=原初的な道具たち>
▼貝器/瓢(ひさご。水や酒を容れるヒョウタン製容器)。いずれも、スペインのサンチアゴ・デ・コンポステラ大聖堂へ参詣する巡礼者が使う象徴的な道具。写真:From Wikimedia Commons“Vieira Camino de Santiago.jpg”/General Public License.
▼縄文ポシェット=縄文時代前期(高さ135ミリ)。三内丸山遺跡から出土した縄文人の「肩提げカゴ」である。通常、日本の酸性土壌では植物系繊維や樹皮などの有機質の遺物は腐ってしまうが、このポシェットはほぼ完全な形で発見された。左下が袋の中に入っていたクルミの実である。撮影:筆者。
▼子安貝(タカラガイ)/貝貨。撮影:筆者(いずれも筆者のコレクションより=以下、HMcollection)。
▼礫器/recognizable tool。写真:From Wikimedia Commons“Canto tallado 2-Guelmim-EsSemara.jpg”/public domain(スペイン・サドハラ旧市街の歴史的建造物博物館所蔵)。
▼石斧(磨製石器)。撮影:筆者(HMcollection)。
▼削器/scraper(スクレーパー)。宮崎県高千穂町の天安河原(あまのやすがわら)へ取材に向かう途中、山道で見つけた石器。場所から推測して、縄文時代(1万2000年~2300年前)のものか。左側面に打刻してつくった「刃」が。縦:58ミリ、横:59ミリ、最大厚:17ミリ。撮影:筆者(HMcollection)。
▼縄文深鉢(土器)。写真:From Wikimedia Commons“JomonPottery.JPG”/public domain(東京国立博物館所蔵)。
▼えな壷(恵那壷=土器)。撮影:筆者(ゆみこ・ながい・むらせのコレクションより)。
▼カマド(竃=土器)。奈良~平安時代に使われた移動式の小型カマド。必要に応じて、屋外・屋内(土間)間を持ち運びできる。右手の炊き口から薪(まき)を差し込んで燃やし、上部に土器のナベや甑(こしき=蒸し器)を据えて煮炊きした。鹿児島県姶良町萩原遺跡出土(指宿市考古博物館「時遊館COCCOはしむれ」所蔵)。撮影:筆者。
<写真─2=Plastic “Oh No!”Band>
スーパーの鮮魚売り場などでみかける各種のプラスチック製トレーである。刺身の褄(つま)として添えられた青紫蘇(あおじそ)の葉、小菊の花も高分子化合物だ。撮影:筆者(HMcollection)。
<写真─3=“yuru yuru-san”/Card Stand>
撮影:筆者。
<写真─4/Crafts Creater Unit“tanetane”at conccon, Oiso>
“今古今”で出会った工芸家のユニット“tanetane”さん。大磯町に工房&ショップを運営している。撮影:筆者。
<写真─5/大磯“シフォン”主義>焼きたてのシフォンケーキ。写真:“今古今”のオフィシャルHPより。
<次回予告>
昭和30年代の国産ペーパードール(紙製キセカエ人形)。撮影:筆者(HMcollection)。