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#002─私の「屋根裏博物館」

 

■ ココロが動いたら蒐集チャンス

 

 私の家には「小屋裏」があります。二階建て住宅の上にかぶせた二等辺三角形の屋根、その内側を利用したスペースが小屋裏。いわゆる屋根裏部屋のことです。

 

 私のつれあいは“ゆみこ・ながい・むらせ”というペンネームのライターで、この小屋裏を「仕事場兼書庫」と呼んでいますが、私の場合はちょっとちがいます。私にとって、ここは「アティック・ミュージアム=屋根裏博物館」──長年にわたって集めた道具コレクションのストックヤード(保管所)になっているからです。

 

 私は極めつきの道具マニアです。その道の好事家(こうずか)たちが希少な切手やコイン、奇書珍本を漁るように、私は日本、アジア、ヨーロッパなどで使われてきた時代ものの道具や器(うつわ)を蒐集しています。

 

 といっても、骨董品や古美術品ではありません。フランスの古道具業界では「アンティキテ(antiquite=骨董・古美術品店)と区別して「ブロカント(brocante=ガラクタ道具店)と呼ばれる道具屋がありますが、私はまさにそのブロカント──年季の入った日用道具や生活雑器を集めています。

 

 カネに飽かせて集められればうれしいのですが、なかなかそうもいきません。基本的に、私がコレクションに費やす予算は「1品=ン千円」程度が目安です。なにしろ使い古されたガラクタ道具、500円玉でおつりがくる品も少なくありません。

 私の屋根裏博物館には、そんなブロカントが所狭しと陳列されています。よく、これを目にした友人が呆(あき)れた顔で尋ねます。

 

 「この手のものって、どうやって見つけるの?」
 「街を歩いていると……」私は答えます。「呼んでるんだよ、道具たちが」
 彼(ないし彼女)は重ねてこう聞きます。
 「買う、買わないは、どう判断するの?」
 これはかなりビミョーな事柄なのですが、あえていえばこうなります。

 

 「心が動いたらシャッターチャンス!」

 

 と、これは、あるプロのカメラマンが教えてくれた写真撮影の極意なのですが、その道具に出会って「心が動いたら蒐集チャンス!」──なのです。

 まずいことに、私のココロはかんたんに軽挙妄動するようで、わが家の屋根裏はいつのまにかミュージアムになってしまったというわけです。

 

 そこには、大小の段ボール箱が山積みされています。
箱には覚え書きを記したラベルが貼ってあって──
 「器もの(明治期~昭和初期)」
 「まな板(昭和30年代)」
 「釜のフタ(昭和初期~30年代)」
 「灯火具(江戸期~昭和初期)」とか、

 

 「アイロン(日本、フランス)」
 「ネズミ捕り器(日本、米国、フランス)」
 「紙製玩具(日本、英国)」
 「空き缶玩具(セネガル、ブルキナファソ)」
 「戦中・戦後の代用品(沖縄、本土、ベトナム)」
 「珍品奇具(諸国)」とか。

 

 さらに、箱に入りきれなかった道具たちが収納ラック、書棚はいうまでもなく、床の上にまであふれかえっています。ほら……

 

<写真-1>

 

<写真-2>

 

■ 道具蒐集のテーマ──【輪廻転生】【ジェンダー】

 

 今後、この連載に登場する道具たちは屋根裏のコレクション・アイテムを中心にする予定です。

 なぜなら、単なる取材や見聞にもとづいたものより、自分の身近にあって、手に取り、寸法と重さを計り、実際に使ってみたもののほうが、みなさんにご覧にいれる例としてふさわしいと思うからです。

 

 というわけで、私のコレクションのラインナップをざっと紹介しておきましょう。

 私の場合、道具の蒐集と研究にはいくつかのテーマがあります。主なものを挙げるとすれば──

 

【1─道具たちの輪廻転生(りんねてんせい)】

 

 ヒトが生み出した道具類は、ヒトと同じように寿命があります。道具は生まれ、そして死ぬ。「必要」という母から産まれた道具たちは──その種にしろ、個体にしろ──いったん「不要」と見なされるやたちまち滅びる運命にあります。

 

 ところが、道具たちのおもしろい点は、死んだと見せかけて思いもかけない生き返り方をすることです。たとえ、絶望的な壊れ方をしていた──としてもです。ある人間に「不要」だと判断されて見放された道具が、ほかの人間には「必要」だと評価されてよみがえる。こういうことがよくあります。

 

 この「生→死→再生」のダイナミズムを、私は 【道具たちの輪廻転生(一度死んだ存在が何度も生まれ変わること)】と呼んでいます。

 

 たとえば、先の<写真─1・2>ですが、あのなかでひときわ目立っていたのは「湯たんぽ」でしょう。日本、中国、フランス、ドイツ──古今東西、さまざまなデザインと材質の湯たんぽたちが妍(けん)を競っています。

 

 なぜ、湯たんぽなのか?

 

 それは、この素朴な暖房具が「屋根裏博物館」の傑出したスターであり、ダイナミックな【輪廻転生】を体現した道具の典型的な例だからなのです。
 詳しい話は機会をあらためることにして、湯たんぽ誕生の背景には人びとが直面したのっぴきならない「秘話」が隠されています。それはヒトの暮らしの知恵にまつわるドラマチックな物語でした。だから、ときどき、耳ざといテレビ局のクルーが取材に来たりします。

 

<写真-3>

 

<写真-4>

 

 さて、私がこだわる次のテーマはこれです。

 

【2─道具に見るジェンダー(社会的性差)】

 

 「ジェンダー」とは、男と女の生物学的なちがいとは別に、生まれ育った環境のなかで社会的、文化的につくりあげられた「男らしさ/女らしさ」のことです。私とゆみこ・ながい・むらせは、これを「ニセの性差」と呼んでいます。

 

 道具たちは常にマジョリティ(多数派・支配的集団)の利害を反映してつくられます。

 ハサミという道具はあたりまえのように右利きの人間用につくられています。公衆電話の受話器が左側に取り付けられているのは、利き手の右手でボタンをプッシュできますよという多数派だけの利便性を優先させた設計思想によるものです。

 

 興味深いのは、同じように、世の中の多くの道具たちが「ジェンダー・バイアス(男性優位社会の偏向性)」を色濃く反映させていることです。
 私が注目したのは「男の子の玩具=めんこ」と「女の子の玩具=ペーパードール(キセカエ人形)」。そして、女性専用の肌着である「ブラジャー」の歴史を深く掘り下げてみました。このあたりの話も、いずれ詳しくリポートしましょう。

 

 ただし、大量のめんことペーパードールのコレクションは屋根裏に保管してありますが、ブラは集めないことにしています。あらぬ疑いをかけられそうなので。

 

<写真-5>

 

<写真-6>

 

<写真-7>

 

〈つづく〉

 

☆ 次回─#003 続・私の「屋根裏博物館」をお楽しみに!

 

伝説の”びん底グラス”

 

PHOTO CAP.

 

<写真─1/屋根裏博物館- 1>
撮影:Tabute Murase

 

<写真─2/屋根裏博物館- 2>
撮影:Tabute Murase

 

<写真─3/屋根裏博物館- 3>
撮影:Tabute Murase

 

<写真─4/コレクション例 – 湯たんぽ>
撮影:筆者(いずれも筆者のコレクションより=以下、
HMcollection)。

 

<写真─5/コレクション例 – めんこ>
昭和10年代~40年代までのめんこを2000点ほど蒐集し
てある。撮影:筆者(HMcollection)。

 

<写真─6/コレクション例 – Paper Dolls>
英国ヴィクトリア朝(19世紀後半)のペーパードールと
日本の昭和30年代(20世紀半ば)の紙製キセカエ人形。
撮影:筆者(HMcollection)。

 

<写真─7/非コレクション例 – ブラ>
東京・銀座のランジェリー・ショップにて。撮影:筆者。

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